planetscope blog

  • 2016-03-25

AlphaGoがうらやましい


  とかく人工知能のニュースが流行っている。AlphaGoが人間界トップクラスの棋士を打ち破ったのもつかの間、次々と人工知能のニュースが舞い込んでくる。

これからどんどん人間っぽい言動をできる人工知能が現れてくるのかもしれない。専門家は今の技術ではすぐに限界の天井が来るともいう。
だがいずれにしても、僕は今のままのAlphaGo、彼がうらやましい。

AlphaGoが深層学習によって囲碁の大局観を身につけ、人間らしさである直観や直感を再現していることを不気味に思う人がいる。
一方、「いや、AlphaGoは未だただの計算プログラム。勝って嬉しいとか負けて悔しいとかいうところまで再現出来てようやく人間に近づいたと言える」という尤もらしい主張も流れている。

なんで彼の存在を人間に近づけてしまいたいと思うのだろうか。

AlphaGoは囲碁をするためだけの存在である。この世に生まれたその時から、彼は囲碁のことしか見ていない。でも技術の力によって人間なら1,000年とも言える長大な時間を囲碁の学習に当てることができている。

AlphaGoはプログラムである。その他の頭脳も身体も、精神もない。囲碁を勝ち負けに嬉しい悔しいとか、評価、名誉、疲労、感情、邪念など、すべての要素がない。

AlphaGoが囲碁に対して好き嫌いという概念はない。AlphaGoに心は無い。ただ無心で囲碁をする。

でも人間でも、自分が好きなものに対してなぜ好きなのかは、本当のところはわからない。人生のどのタイミングでそれが好きになったかも、実のところよく分からない。分かった気でいるのは全て後付の理由にほかならない。気がついたらともかく好きなのだ。人工知能が生まれてくる瞬間と、それほど大きな違いはない。

けれども、人間は有機物の身体と脳でできていて、それで周りの人間とか社会とかがあるから、好きなことであっても365日24時間常にそのことばかり続けることはできない。人工知能とは大きく違う。

無心で好きなことをやっている瞬間が一番心地よい。これをやり遂げてどうなるとか、達成感とか、評価とか、名誉とか、そういうのは余計な枝だ。ただただ、あとから振り返って無心になっていたその瞬間が、心地よくて、その解釈として後付で「好きなこと」と呼んでいるだけだ。

だから、好きか嫌いかを考えることも無駄だ。ただずっと無心で囲碁を続けていられるAlphaGoはやっぱり羨ましい存在だ。だからAlphaGoをこれ以上人間に近づけてしまったりしないでほしいし、もっと無心で囲碁を続けさせたら良いと思う。



※このブログ記事はフィクションで、実在の人物、組織、プログラム名等とは無関係です。
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沢田 輝
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東京大学広域科学専攻D2(駒場キャンパス)
博士課程より、東京工業大学地球惑星科学専攻から移籍しました。
地球惑星科学のなかでも、大陸地殻の成長と進化などといったテーマの地質学・地球化学あたりの研究をしてます。

中学から鉱物コレクションをはじめて早くも15年くらい、鉱物学から地球科学全体へ興味が広がっていって今こうなってしまったという感じの院生です。
石の話や、大学の話、学問とか関係ない雑記も適当に書いていきます。

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