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  • 2009-02-11

経済学...


 

なんか、最近、ノリで経済学の勉強を始めました。

 

いえ、そんないい加減な気持ちで、とかじゃなくて、

 

もちろん、センター試験の政経であるから、と言うのもありますが、

 

槌田敦氏による、エントロピー経済学、これをもう少し深く掘り下げてみたいな、

 

と思いまして、で、まあ、簡単に言えば、自然科学と社会科学の接線を求めようというものですが、

 

ともかく、現代経済学は、政界や産業界の「御用理論」と化しているところも見受けられるし、

 

たとえそうでなくても、現在の不況を見れば、このままの資本主義体制がいいとも思えない。

 

いや、私はどっかの丸楠さんみたいなことは考えていませんが・・・

 

で、最終的には、少し前にも記事にしましたが、人口が減少していく(“適正人口”になったらそれを維持していく)ような状況において、

 

経済がそれなりににぎやかで、勝ったり負けたりもあって

 

かといって、人様や自然界に御迷惑をお掛けしない様な、そんな経済体制を模索しようかと、

 

まぁ、「本業」の傍らでそんなこともしてみたいな、と、

 

そういうノリで、まずはとりあえず、現在ある既成の経済学を一通り見てみようと、勉強を始めたわけです。

 

 

 

だが、まあ、これが難しかったりするんだなぁ...

 

高校生にして、すでに理学畑に身を構えている私ですが、

 

経済学も同じようなカンジでできるのでは、と甘い期待をしていたのですが、

 

ところがどっこい、そぁは問屋が卸さねぇ、ってやぁんだぁ。

 

物理では、色々な単位や関数や数式が出てきますが、それらを「ディメンション」で

 

捉えていれば、たとえ複雑な微分・積分が出てきても、自分が何をやって、何を求めているのか、

 

見失うことはありません。

 

しかし、経済学ですと、出てくる「基本単位」は、「個数」と「¥」($でも?でもいいが・・・)だけで、

 

これらの組み合わせで様々な経済現象を説明すべく、モデルを構築していくわけですが、

 

自分が今何の計算をしているのか、よく分らなくなることがあります。。。

 

もちろん、私の慣れの少なさや、もっとストレートに低能さなどもあるでしょう。

 

しかし、そう認めたくない意地っ張りな私は(笑)、「このモデルは本当にあっているのか?」

 

「それを実証するものはあるのか?」などと考えてしまいます。。。

 

 

とはいえ、最近気付いたことではありますが、

 

「経済学」は「物理学」よりもむしろ「地球科学」に似ていると言えましょう。

 

物理はまず、理論を立てたら、大概は実験によって再現性を検証して、確かめることが出来ます。

 

化学・生物も同様かと思われます。

 

しかし、地球科学というのはそういうわけにはいきません。

 

「恐竜はなぜ絶滅したか」「○年前の噴火はどのような原因だったか」を再現して確かめるなど、出来ないのは当然ですね。

 

地学屋は、残された資料、主に岩石・鉱物・化石などですが、を探ることによって、

 

「もっとも適当」と思われる原因を探り、そこから推論することで、地球の将来を探ります。

 

「何か」が起こってから出ないと、その「何か」に関する知識は得られないのです。

 

例えば、地震を予知・対策するのにも、過去の地震のデータがあってはじめて作業に入ることが出来ます。

 

経済学というもの、本来ならそうあるべきでしょう。

 

「バブルはなぜはじけたか」「今回の経済危機の原因は?」

 

こういったことは、数式をいじくり回しただけで得られるものではありません。

 

過去の経済現象から、帰納的に法則を探して、予測するものかと思います。

 

もちろん、地球科学でも将来の予測が完璧でないのと同様に(地震や噴火、将来の気候が完璧に予測できないですよね)、

 

経済現象の将来も完璧に予測は出来ません。

 

それどころか、地球科学には地球46億年分の「資料」がありますが、

 

経済学には高々100年ちょっとの分の資料しかありません。

 

あまりにも少なすぎます。と言うか無理です。。。

 

だから、モデルを考案して、いろんな計算をする方法に走ったというのも、理解できないわけではありません。

 

 

 

もう、まとめらんなくなりそうだから、まあ、何が言いたかったかというと、

 

なんか、理学畑(工学畑や文系畑ではなく!)から、新しい経済学を提唱できないかなあ、

 

とテルテルは思っている、ということです。

 

では、この辺で。薄っぺらな中身でホントごめんね。いつものことだけどw

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コメント

いややや~っ、アナタの考えの深さにはいつも本当に驚かされます^^
こんな高校生、いるんですねー^0^
またいろいろ勉強させてもらいます^-^

自然科学と社会科学
どちらにも共通する部分を考える
っても自然の不規則さと
人間の感情の不規則さに
共通部分を見い出すのは
どうかんがえても無理があるような…

↑MILKへ
とりあえず、人は最も合理的な経済活動をするものとして、
マクロな経済活動の変化―特に貧困や環境問題の発生や対策など―
について議論し、最終的に自然法則に反することのない経済体制の構築を考える。
というよりも、まず、自然科学的に、人類の「やっていいこと」と「やってはならないこと」を
明確にした上で、それにあった中で経済体制を模索するといったところでしょう。
別に、自然と社会の共通点を探すことは目的ではありません。
ただ、理論的な扱いや研究手法において、最近の経済学が演繹的手法に傾斜しすぎていると言うことには危機を感じており、
同様に複雑系を扱うような自然科学の帰納法を多少は取り入れられないものかと、
すこし「妄想」してみただけですw まあ、到底無理でしょうな。
人間の感情を扱う行動経済学などの消費者理論は、企業の戦略行動などで求められますから、
わざわざ私なんぞが出るところではないでしょうw
もっと、国家や民族間の感情についてとなると、政治屋の仕事ですからねぇ・・・

な~~る~~
根本から勘違いしてますた。
最終的に自然法則に反することのない経済体制
って人間は自然に帰れってことになりそうww
人間の感情ですが集団心理学ってのが面白そうだよ

↑人間は自然に帰れ、とは薄っぺらなエコロジストのよく言うことですが、私は必ずしもそうは思っていません。今から、文明の力を手放せば、相当な大混乱でしょう。
開放系熱力学では、生態系を含めた地球表層環境を「エンジン」として捉えます。
エンジンは運転者の意思により、ある程度は出力を変えることが出来ます。
しかし、「燃料切れ」や「排気ガス処理の失敗」、あるいは「部品の損傷」があると
たちどころにエンジンの運転は困難になります。
同様に、環境も正しく運転する方法が分れば、出力を上げても故障しないでまわり続けます。
前述の「故障原因」を環境に置き換えてみれば、大体の事は想像がつくでしょう。
要するに、何をしてしまうと環境というエンジンの故障になってしまうのかを自然科学で探り、
それを合理的かつ現実的に阻止する方法を経済学で考案することにより、
新しい人類の社会体制を構築しようと言うものです。

自然状態・もしくはそれに準ずる制約の少ない状況下の人間は醜悪であり、自己の生存の為に他者との闘いを躊躇なく始める存在です。(結果論でしかないけど)自己の引き締めも兼ねてか、国民たりうる人間の集団が、保留されたままだと全体の平和を著しく脅かしうる諸権利を第三者に完全譲渡した「専制君主政体」から「国」が始まったわけですから、手放しの過度な自由競争による資本主義社会は100年に一度くらいの間隔で「人間の醜悪な面」のダイジェスト版みたいなものを我々に(自然状態でない状況下でありながら)見せてくれるはずです。しかし人間は、かくして作られた「平和と安定」を好むとか言いながら、自身を自由な「自然」に近い状態に置きたがります。人の事言えないけど、ここが実にイヤラシイ。自由な状態が平和と安定へ導くという遺伝子レベルで組み込まれた妄想癖の開化を促す世界秩序に大きな問題があると言わなければなりません。つまりは、「common wealth」を最大公約数とした「commonwealth」の創設を念頭に、経済体制を模索していく必要があるわけですね。人類は永遠に自然に「挑戦」し続けなくてはいけません。コモンウェルスが出来てからもいまだに消えない妄想との闘いを有利なものにするには、自然を、そして人間社会を自然科学によって統一管理していくことが理想的なのです。
 えっ、「たとえそんなことを完璧に実行したとしても、地球が破滅するじゃないか」ですって?
 破滅するならば、「人間はこの程度の生き物であったのだなぁ(詠嘆)」と、悟る必要があります。自然科学によって始められた「人間の活動」によって地球が破滅するのなら、それは理論的に筋が通っているはずです。人間社会が「妄想に踊らされる楽と苦に満ちた人生のドラマの連続」であるならば、何時かは理論的終焉が欲しいものであります。

↑カールさんへ
> 破滅するならば、「人間はこの程度の生き物であったのだなぁ(詠嘆)」と、悟る必要があります。自然科学によって始められた「人間の活動」によって地球が破滅するのなら、それは理論的に筋が通っているはずです。人間社会が「妄想に踊らされる楽と苦に満ちた人生のドラマの連続」であるならば、何時かは理論的終焉が欲しいものであります。
●あなた個人の人生と人類社会をごっちゃにしないで下さい、なんてネw
>自然を、そして人間社会を自然科学によって統一管理していくことが理想的なのです。
●統一管理という言葉が、丸楠さんらしくて気に食わないですが・・・w 
確かにある意味では、私の目指す社会も「自然の管理」と言うことになるでしょう。
江戸時代、武蔵野の雑木林から安定的に薪の供給をするためには、自然を「管理」することになりますが、その管理方法が自然の摂理に沿わないものとなれば、森林は破壊されて荒地となり、真希が供給されなくなるため、結局損をするのは人間です。
また、白神山地のブナの自然林や知床の豊かな自然を保存しようとするのも、自然の「管理」ということになります。
「自然の管理」というと、野卑な一部の近代欧米人を思い浮かべるものかと思われますが、奴等は不確かな知識で実行に移したために破滅を導いたわけです。先のコメントで言うところの、「エンジンの故障」ですな。
>。つまりは、「common wealth」を最大公約数とした「commonwealth」の創設を念頭に、経済体制を模索していく必要があるわけですね。
●「エントロピー経済学」では、「最大多数の最大幸福」を求めてはいません。誰かのように資本家や富裕層を叩きのめすことはしません。しかし、貧困は根絶を目指します。
●結局、外部不経済の存在は、徹底的に許さないものです。
>人類は永遠に自然に「挑戦」し続けなくてはいけません。
●外部不経済のない正統な取引がなされていれば、経済成長は存在するから、人類は新たな技術の進歩を目指して「挑戦」を継続できます。何も、自然を敵視しなくても大丈夫だと思います。

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Author:てるてる
沢田 輝
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東京大学広域科学専攻D2(駒場キャンパス)
博士課程より、東京工業大学地球惑星科学専攻から移籍しました。
地球惑星科学のなかでも、大陸地殻の成長と進化などといったテーマの地質学・地球化学あたりの研究をしてます。

中学から鉱物コレクションをはじめて早くも15年くらい、鉱物学から地球科学全体へ興味が広がっていって今こうなってしまったという感じの院生です。
石の話や、大学の話、学問とか関係ない雑記も適当に書いていきます。

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